大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成7年(オ)697号 判決

東京都中野区新井一丁目二六番六号

上告人

株式会社テクノスジャパン

右代表者代表取締役

瀧邦夫

同所

上告人

テクノスジャパン販売株式会社

右代表者代表取締役

瀧邦夫

東京都東久留米市八幡町二丁目五番一四号

上告人

テクノスジャパン株式会社

右代表者清算人

瀧邦夫

右三名訴訟代理人弁護士

矢田次男

増田亨

スイス国ウェルシェンロール四七一六

被上告人

グインツィンガー ブロス

リミテッド テクノス ウォッチ

カンパニー ウェルシェンロール

右代表者

高木克二

右訴訟代理人弁護士

吉川精一

喜田村洋一

林陽子

小野晶子

二関辰郎

右当事者間の東京高等裁判所平成五年(ネ)第四〇九五号不正競争行為差止等請求事件について、同裁判所が平成六年一〇月二七日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人矢田次男、同増田亨の上告理由について

被上告人の本件営業表示が周知性を有することなど所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程にも所論の違法は認められない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は、違憲をいう点を含め、独自の見解に立って原判決の法令違背をいうものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 可部恒雄 裁判官 園部逸夫 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)

(平成七年(オ)第六九七号 上告人 株式会社テクノスジャパン 外二名)

上告代理人矢田次男、同増田亨の上告理由

第一点 原判決には、判決の結果に重大な影響を及ぼす事項についての、理由不備、理由齟齬の違法がある。

一 原判決は、被上告人がその商品表示及び営業表示として用いる「テクノス」の表示が、日本国内において周知のものである旨認定しているが、この点について原判決が挙示する理由は、著しく不合理で、理由の体をなしていない。

1 原判決は、右の点を認定する理由として、

〈1〉 被上告人の日本国内における総代理店平和堂貿易株式会社が、昭和四四年ころから活発な広告宣伝活動を行い、同年から約一〇年間テクノス・ウオルサム人気コンテストを行ったところ、当初五年間は四〇〇万人の応募者、その後も一〇〇万人の応募者があったこと。

〈2〉 平和堂貿易は、右キャンペーン以外にも、新聞・雑誌・テレビ等を通じて「テクノス」の広告宣伝をしてきており、最近でも年間一億五〇〇〇万円の広告宣伝費を注ぎ込んでいること。

〈3〉 被上告人の日本国内における腕時計の販売高は、昭和五四、五年ころがピークで年間約三二億円あり、その後減少したとはいえ、平成二、三年ころも年間五億円程度を保っていること。

〈4〉 日本経済新聞社が平成三年二月に行った、首都圏四〇キロメートル圏の腕時計を持っている二〇歳から五九歳の男女ビジネスグループを対象とした「腕時計に関するアンケート」の結果によれば、「テクノス」は、海外の腕時計メーカーとしては、七八・四パーセントの知名度があり、外国製プランドとしては七九・六パーセントの知名度があること。

〈5〉 被上告人が製造し、平和堂貿易が販売する腕時計には、いずれも「TECHNOS」というアルファベットが文字盤に表示され、顧客層としては二〇歳から三〇歳位のヤングマーケットを想定して、技術の「テクノス」として広告宣伝活動がなされてきたこと、を挙げている。

2 しかし、〈1〉の昭和四〇年代からキャンペーンを展開し、多数の応募者があったということは、被上告人の商品表示である「テクノス」がかつて著名性を有していたことを示すに過ぎない。上告人らは、第一審から一貫して、「テクノス」がかつて被上告人の商品表示として著名性を有していたことは否定しておらず、現在においては著名性が失われた旨主張しているのであるし、不正競争防止法一条一項一号の「広く認識される」他人の氏名、商号、商標等というのも、言うまでもなく現在広く認識されていることを要求する趣旨であるから、右のかつて著名性を有していた事実は、何ら右条項の著名性の要件を満たすものではないのである。原判決は、このかつて著名性があったことと、右〈2〉のその後の広告宣伝活動とを併せて、今なお著名性が失われていないことの根拠としているようであるが、〈1〉のキャンペーン期間中でさえ、当初四〇〇万人あった応募者が一〇〇万人に減少し、著名性が失われつつあったことが窺われるのであって、その後も広告宣伝活動を行っていたことによって、著名性が維持されていたというのは甚だしい論理の飛躍である。

3 次に、右〈3〉の販売高に関しても、平成二、三年ころの年間五億円という数字は、外国製腕時計の販売高としては、決して多いといえる額ではなく(仮に、原判決の、被上告人の腕時計の価格は中級品である旨の認定が正しいとしても)、その額から推認される販売個数やシェアは到底日本国内で「広く認識され」ていることを裏付ける数字とは言い難い上、「テクノス」が被上告人の商品表示として明らかな著名性を有していたと思われる昭和五四、五年ころ三二億円あったのが、平成二、三年ころは五億円にまで減少している事実は、むしろ、著名性が失われつつあることを示す事実にほかならない。

4 更に、右〈4〉の日本経済新聞社のアンケートは、首都圏四〇キロメートルのビジネスピープルという外国製腕時計を所持していたり、これに関心を持っている者の比率が著しく高いと推測される地域と層に限定したアンケートであって、そもそも広く日本国内における著名性を判断する資料としては不適切である。しかも、上告人が第一審以来終始主張しているように、このアンケートは腕時計に限定されたアンケートである。上告人らは、その商号中に「テクノス」という語を用いてはいるが、腕時計という言葉やそれに類する言葉を併せて使用しているわけではないから端的に「テクノス」という標識そのものが被上告人の商品表示としての著名性があるか否かが問われなければならない。「テクノス」と聞いただけでは被上告人の腕時計を連想しない者でも腕時計という限定をつけた上で「テクノス」と聞けば被上告人を連想する者が相当数いるはずであるが、本件で問われているのは、このような限定なしでの著名性である。従って、このアンケートに示された数字は、何ら著名性の裏付けとはなりえない。右〈5〉に至っては、それ自体何ら著名性を裏付ける理由となっていないことは明白である。

5 このように原判決は、前述の事実認定を積み重ねて著名性を認定したかのような体裁は取っているものの、いずれも著名性を裏付ける理由としては甚だしく薄弱であるか、中にはむしろ著名性が失われつつあることを示す理由まで挙示されているのであるから、著名性を認定した原判決の判断には、判決の結果に重大な影響を及ぼす理由不備、理由齟齬の違法があるというほかない。

二 原判決は、上告人らの商号が、被上告人の商品表示である「テクノス」と類似性がある旨認定しているが、この点について何ら合理的理由が示されていない。

1 原判決は、上告人らの商号中、「株式会社」、「ジャパン」、「販売」の部分を除いた「テクノス」の部分が要部であることは明らかだから、上告人らの各商号は、被上告人の表示である「テクノス」と類似している旨判示している。

しかし、日本国内には、例えば、「東洋」、「日本」、「東京」、「九州」等の広い地域を表す地名と、「銀行」、「証券」、「土木」、「化学工業」、「アルミニウム」等の一般的な業種を表すに過ぎない名称を組み合わせて商号としている企業が多数あるのであって、そのような企業においても、商号全体として見ると十分な識別力を有しているのであるから、原判決のように一つの商号を分断し、一般的名称を取り除いた部分のみで類似性を判断することは全く無意味である。本件においては、上告人らの商号中にいずれも「テクノス」が用いられていることは自明であり、それを前提として、被上告人の商品表示「テクノス」と上告人らの各商号全体を比較して類似性を判断すべきであるのにもかかわらず、原判決が示す右の理由は、要するにこの自明の理を述べ、問いをもって問いに答えているのみで、全く理由の体をなしていない。

2 そもそも、原判決が認定するように、被上告人が用いる「テクノス」の営業、商品表示が、もともと被上告人が、ギリシア語で技術を意味する「テクネイ」を基にして創造したものであるとしても、これとは全く別に、近時のコンピューター部門を中心とした急激な技術革新が進む中で、英語の「テクノロジー」や「テクニカル」という言葉を基にして「テクノ」あるいはその複数形としての「テクノス」という造語がかなり広く使われるに至り、いまや「テクノス」は一般化した用語として用いられているのであるから、その一般化した用語である「テクノス」が商号中に用いられているからといって、類似性がある旨認定している原判決は、全く不当なものというほかない。

3 この点に関して、原判決は、テクノまたはテクノスを商号中に使用する企業が全国で約三五ある旨の事実を認定している。この事実から、テクノないしテクノスの語がいまや一般化した語として通用していることが認定されるべきであるのに、原判決は、「全国で見ると多数の企業が存在しているのであるから、その中の僅かの企業の商号の全部または一部にテクノスの用語が使用されているからといって、直ちにテクノスがわが国において用いられている一般的な用語であると認めることは相当でない。」旨認定している。しかし、テクノないしテクノスという用語は、右の語源から明らかな通り、いかなる業種の用語にでも使えるような用語ではなく、むしろ商号として使用しうる分野は極めて狭いものと思料されるから、業務分野を無視して、全国の多数企業の存在と比較し三五という数字が僅かなものであるかの論理は詭弁にすぎない。商号としてこれらの用語を使用し得る狭い範囲の分野で一流企業の関連会社も含む三五という数字は僅かといえる数字ではなく、この用語が一般化していることを示す数字というべきであり、この点でも、原判決には、理由の齟齬がある。

4 以上のとおり、原判決には、上告人らの商号と被上告人の営業、商品表示に類似性がある旨判断している点についても、結論に影響を及ぼすこと明らかな理由不備、理由齟齬の違法がある。

三 原判決は、上告人らの商品及び営業活動が、被上告人ないしその関連会社の商品及び営業活動であると混同されるおそれがある旨認定しているが、この点についても原判決が何ら合理的な理由を付していない。

1 原判決は、右の理由として

〈1〉 被上告人を含めほとんどの時計メーカーが電子時計を多く製造し、内部の装置及び外部の液晶表示などに電子機器が使用され、電卓メーカーのカシオが腕時計も製造販売しており、腕時計で著名なセイコーの関連会社セイコーエプソンがパーソナルコンピューターを製造していることから明らかなように、腕時計と電子機器ないしコンピューターとは密接に関連する分野となってきているため、コンピューターと密接に関連するテレビゲームやコンピューター用ゲームソフトと腕時計とは産業分野として関連性を有するに至ったこと。

〈2〉 「テクノスジャパン」という名称は、被上告人の略称である「テクノス社」の日本支社ないしは日本における子会社のような印象を与えること。

〈3〉 平和堂貿易に、被上告人の製品を販売している全国の小売店から上告人らと被上告人との関係についての問い合わせが、毎月三、四件あったため、全国の平和堂貿易の営業所に無関係である旨通知を出したが、その後も問い合わせが継続したこと。

等を挙げている。

2 しかし、右〈1〉の理由は、甚だしい論理の飛躍があって、全く合理性が認められない。

すなわち、まず、時計のセイコーの関連会社セイコーエプソンがコンピューターの製造をしていることは、何ら業務分野の関連性を示すものではない。

関連会社という概念は、両者の間に組織的・経済的なつながりのある場合に使われる用語であって、関連会社であっても、必ずしも業務分野の関連性があるとは限らず、関連会社が相互に全く異質の業務を行っていることも多々ある。したがって、業務分野の関連性の有無を検討する場合には、端的に、時計の製造とコンピューターの製造の関連性が問われなければならないのに、原判決は、時計を製造するセイコーと、コンピューターを製造するセイコーエプソンが関連会社だということのみで短絡的に、両業種の関連性を結論づけているが、これは全く理由の体をなしていない。

3 そして、時計に電子機器が使用されていること、電卓メーカーのカシオが腕時計を販売していることは事実としても、そこから導かれるのは、腕時計の製造・販売と電卓程度の電子機器の製造・販売の業務としての関連性にすぎず、到底、腕時計の製造・販売とテレビゲームソフトの製作・販売が業務としての関連性を有することを根拠付けるものではありえない。

そもそも、原判決は、腕時計とテレビゲームソフトの間に、電子機器、電卓、パーソナルコンピューターを介在させて、個々の関連性をつなぎ合わせることによって業務の関連性を結論付けているが、端的に腕時計とテレビゲームソフトを関連付けられず、間に複数の物を媒介させなければ業務の関連性を導き出せない点に、まさに両者の業務分野の関連性の希薄さが如実に表れているのである。

また、仮にこのような疎漏な論理はさておくとしても、原判決が当然の前提であるかのように述べているパーソナルコンピューターの製造と、テレビゲームソフトの製作にしても、業務として比較すれば、かなり異質なものであることは、パーソナルコンピューターに多少の知識がある者であれば、容易に知り得るところである。それにもかかわらず、コンピューターのハードとソフトの機能面からの一体性から短絡的に業務としての関連性を認めたとしか理解できない原判決の判示は、原審裁判官のコンピューターに対する無理解を如実にあらわすものというほかない。

以上のとおり、原判決が業務の関連性の理由として挙げる右〈1〉は、何ら業務の関連性の理由になっていない。

4 次に、右〈2〉の理由は、本件の結論そのものであって、混同のおそれの有無についての判断の理由となりえないこと、あまりにも明らかである。

本件においては、いわゆる広義の混同があるか否かが争点になっており、まさに、上告人らの商号が被上告人の子会社や関連会社という印象を与えるか否かが直接争われているのに、被上告人側の一証人の「上告人らの商号は、被上告人の日本支社ないしは日本における子会社のような印象を与える。」旨の一片の証言をもって右の理由とすることは論理の転倒も甚だしい。

5 更に、右〈3〉の理由は、現実に関連性の有無について疑問を持った者がいたという趣旨であろうが、混同のおそれがあるというためには、混同した者が存在するというだけでは無意味であり、著名性の故の混同があったか否かこそが問題である。しかるに、原判決は、被上告人の製品を販売している小売店という、被上告人と特別に密接な関係を有する者からの問い合わせがあったとの証言のみからあたかも混同の虞れが大きいかの認定に至っているが、そのような特殊な立場にある者の一部から問い合わせがあったからと言って、到底一般的に混同の虞れがあるとは断じ得ないこと明らかであろう。

6 以上のとおり、混同の虞れがある旨認定した原判決の判断には、判決の結果に重大な影響を及ぼす理由不備、理由齟齬の違法がある。

第二点 原判決には、結論に重大な影響を及ぼす憲法の解釈・適用を誤った違法がある。

いわゆる営業の自由は、憲法二九条等により保障される憲法上の権利であって、営業を行うものが自己を表示する名称としていかなる商号を用いようが自由であることもこの営業の自由の一内容として憲法の保護を受けるものである。不正競争防止法は一条一項は、その商号使用の自由に制約を加えるものではあるが、他人の営業や財産に損害を与えるような右自由の濫用行為を規制するもので、それ自体公共の福祉からの当然の制約であって、憲法に反するものではない。

しかし、右条項の解釈適用に当たっては、右憲法上の自由である営業の自由を不当に侵害しないよう、この自由に対する必要最小限度の制約にとどまるような解釈適用がなされなければならない。

しかるに、原判決は、前記のとおり、何ら合理的な根拠なく、上告人らの商号と被上告人の営業との混同の虞れを認定した上に、「混同の虞れがある以上、特段の事情の認められない本件においては、被上告人が営業の利益を害される虞れがあると認めるのが相当である。」旨判示するのみで、被上告人のいかなる利益が害されるのか何ら具体的に判示するところがない。それどころか、原判決は一方では、被上告人が、上告人らの行為によってその信用を毀損され、名声を希釈化されたことを認めるに足る証拠はないとして、被上告人の損害賠償請求を棄却しているのであるから、今後、被上告人がいかなる営業上の利益を害される虞れがあるというのか、全く了解不能である。

このように極めて漠然とした論理で抽象的とさえいえないような危険性を前提に、上告人らの商号使用の差し止めを認めた原判決は、商号の使用の自由が営業の自由の一内容として憲法上保障されるものであることを看過し、憲法二九条の解釈適用を誤ったものというほかない。

第三点 原判決には、権利の濫用に当たる被上告人の請求を認容した点において、判決の結果に重大な影響を及ぼす、法令の適用の誤りがある。

仮に、被上告人の「テクノス」という商標に著名性が認められ、形式的には上告人らの商号使用が不正競争防止法一条一項に該当するとしても、上告人の請求は、民法一条の三に反する権利の濫用であり、それにもかかわらず被上告人の請求を認容した原判決は、法令適用を誤ったものである。

すなわち、原判決も認定しているとおり、被上告人の商号使用により、被上告人は何らの損害も受けていない。また、上告人の営業実績は、自己の企業努力によるものであって、上告人の商標にフリーライドしたものではない。また、今後も、到底被上告人がコンピューターソフトの開発の事業分野に進出するとは考えられず、上告人の商号使用によって被上告人が損害を受けることはありえない。これに対して、商号の使用を差し止められれば、従来その商号下で五〇億円まで年商を伸ばしてきた上告人の企業努力は水泡と帰し、今後の営業活動に多大な使用を生ずることは必至である。のみならず、「テクノス」を含む商号を使用している他の企業にもその影響は波及し、それら企業も営業上損失を蒙ることになる。このように何らの損害も受けておらず、また損害を受ける恐れもなく、これによって何らの利益もないのに、何らの悪意もない被上告人の称号使用の差し止めを請求することは明らかな権利の濫用である。

被上告人は、原判決も認定するように全国に約三五の「テクノ」ないしは「テクノス」の用語を使用する企業が存在するにもかかわらず、上告人らに対してのみ訴訟を提起しているものであって、この点からも、本件請求が、被上告人の濫用的意図からの訴訟提起であることは明らかである。

したがって、民法一条の三を適用すべきであるのに、これを適用せず、被上告人の上告人らの商号の使用差し止めの請求を認容した原判決には、結論に重大な影響を及ぼす法令適用の誤りがある。

以上

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